その唇に魔法をかけて、
 車を海沿いに十分ほど走らせ、連れてこられたのは静かな夜の浜辺だった。さざ波の音が穏やかな気分にさせてくれる。BGMによく波の音を聴くと集中力が高まるといわれているが、逆に眠気に誘われてしまいそうだ。

「わぁ、なんか真っ暗で、海の方は何も見えませんね」

  所々に点いている道の照明だけがふたりを僅かに照らしていて、それ以外の照明はない。

「向こうに停めてあるのは船ですか?」

 花城に連れてこられたのは夜の浜辺だった。所々に点いている道の照明だけが二人を僅かに照らしていた。


「向こうに停めてあるのは船……?」


 目を凝らすと、長い桟橋の向こうに小型船舶が何隻か留まっているのが見えた。


「あぁ、あの中に俺の船もある」


「えっ!? 花城さん、船持ってるんですか?」

 美貴の父も昔、小型船舶を所有していたが今では暇がなくなってしまい、船で出かけることも少なくなってしまった。幼少の頃の思い出がふと、脳裏に甦る。

「この辺じゃ、珍しいことじゃない」


 金持ちの道楽と言わんばかりに花城が平然として言う。そんな彼に呆然としていると、すっと潮風が吹いて美貴のスカートを翻した。


「このクソ寒いのに、よくスカートなんて履いてこられるな」

「確かに寒いですけど、ジーンズよりスカートの方が好きなんです」

「ふぅん」

 わざわざ寒い恰好をする美貴がまるで理解できない、と言いたげに花城はとくに興味も示さず鼻を鳴らした。

「私、ここの浜辺にはいつか行ってみたいって思ってたんです。黎明館に来た時はもうすっかり夜になってしまっていて、寮の裏手に海があるって次の日知ったんですよ。だから連れてきていただいてありがとうございました」

 押し寄せる波のギリギリのところまで歩いて行って、汚れるのも気にせず手で海水に触れる。まるで子供のような美貴に、花城はほんの少し顔を和らげた。
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