その唇に魔法をかけて、
 黎明館の裏手は緑豊かな木々に囲まれ、耳をすませば鳥のさえずりが聞こえてくる。そんな神聖な雰囲気に馴染むように、ひと際古びた道場がひっそりと佇んでいた。

(花城さんだ……)

 近づくと、徐々に的を射る音が鮮明に聞こえてくる。肩をはだけさせ、均整のとれた肉体が上着から覗いて、思わず美貴は息を呑んで頬を赤らめた。

「……ん?」

 そっと見ているつもりだったが、気配に感づかれてしまった。花城の横目が鋭く美貴を捉えると、すっと弓を下げた。

「なんだ、またのぞき見か?」

「ち、違います! その、たまたま通りがかっただけです」

「ふぅん」

 花城がはだけた肩を直し、弓をしまうと完全に集中力を切れさせてしまったようだ。

「すみません、お邪魔するつもりはなかったんですけど」

「別にいい、今日は暑いな」

 寒い冬を越し、ようやくここも春めいてきた。初めて美貴が黎明館に来た時よりも少し木々が芽吹き始めている。特に今日は気温が高い。

 花城がペットボトルの水を一気に飲み干すと、上着をパタパタと扇いだ。

「今日は彩乃と一緒じゃないのか?」

「……はい」

 美貴の翳りのある口調に花城が向き直る。視線を向けられているのに気が付いて、美貴はどうしていいかわからず目を泳がせた。
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