その唇に魔法をかけて、
 そっと右手に持たされた矢を、花城に導かれるようにぐぐっと限界まで引いて溜める。

「お前、今、なにか落ち込んでることがあるだろ? 大丈夫だ、自分を信じろ」

「え……あ!」

 耳元で囁かれた花城の言葉が、美貴の胸を射る。そのくすぐったさも忘れて、思わず息を呑み込んだと同時に手から矢が放たれた。

 ストレッチパワーを存分に溜め込んだ矢は真っ直ぐに飛び、パンッという乾いた音がすると見事、的に命中した。

「お、なかなかやるな、案外素質があるんじゃねぇか?」

 ど真ん中ではなかったが、矢はしっかりと的に刺さっている。美貴は唖然としてその場に立ち尽くした。

「できないと思い込んでるとなにもできないぞ?」

 呆然としている美貴に、花城がニッと笑う。

 ――大丈夫だ、自分を信じろ

 その言葉が、不安で埋め尽くされた美貴の心を包み込むように、静かに沁み渡っていった。

 たった一本の矢を放っただけで、先程まで抱えていた鬱々とした気持ちに晴れ間が射したようだった。きっと彼も、黎明館の総支配人になるまでに様々な困難にぶつかってきたに違いない、そしてその度に弓を引いて吹っ切るように、こうして精神統一していたのだろう。

(花城さんが弓道を続けている理由、なんとなくわかった気がする……)

「おい、もう中休みも終わりだろ?」

「あ! はい!」

 クスッと笑って花城は背を向けた。美貴はそんな背中をどことなく甘酸っぱい気持ちでじっと見つめた――。
< 60 / 314 >

この作品をシェア

pagetop