大きな河の流れるまちで〜番外編 虎太郎の逆襲〜

あやめの家庭教師

ピンポンとチャイムを鳴らしてから、あやめが入ってくる。あやめが持っているカードキイにはうちの鍵も開けられる様、設定してある。
「待った？」と聞きながら、あやめはソファーのそばに立つ。髪が濡れたままだ。シャンプーの匂いだろうか、甘すぎない花の匂いがする。「遅い。腹が空きすぎてしぬ。」と言うと、ナナコがあやめにタオルをかぶせながら、
「女の子は支度にじかんがかかるんだから、仕方ないでしょ。」とあやめにハンバーグお豆腐？と確認する。リュウは
「チビ虎、諦めろ。女ってヤツはでかけるまでに、何度も服を着替えたりするんだぞ。驚きだ。」とナナコを見てニッコリ笑って、ナナコに軽く睨まれる。あやめは
「出る前にケータイに電話来ちゃって、…」と、言ったので、リュウが、
「それって、おとこぉ？」と確認する。あやめは赤くなって、
「今度、家庭教師に来る、永野さんって…男の人」と言った。オイオイ、何でそんな事になってるんだ。と顔をしかめると、リュウが
「あー、壮一郎が決めた、成績優秀な理工学部の大学院生？」と聞いて、あやめがコクンと頷いて
「数学と物理教えて貰うの。」と言った。リュウが
「俺は、昴君に頼めって言ったのに、知り合いの大学の学部長が無理にオススメしてきたヤツだろ。」と、不機嫌な顔だ。昴はナナコの2番目の兄で塾の人気講師だ。
「昴君に教わりたいけど、他にも沢山、生徒さんがいるから、迷惑になると思って、」と笑った。あやめは医学部に入るため、去年から、本格的に勉強している。僕はふーんと思う。気に入らない。今まで、あやめの事は何でも知っていたのに。それに、家の中によそ者を入れるなんて、壮パパもどうかしてる。と、思った。でも、リュウが、
「…まあ、あやめもいつまでも箱入りって、訳にも行かないか。医学部はきっと、東京だろうし、そしたら、この家出る事になるんだろ。壮一郎が言うように、少し、他人との距離を学ぶべきかな」と言って、僕を驚かせた。あと、この家から2年であやめはいなくなる。僕はさらに不機嫌になって、
「ナナコ、飯！」とあやめを押しのけ食卓に着いた。