夏時計
それから他愛ない話をしながら、無情にも時間だけは過ぎて、辺りはほんのりと青色に染まってゆく。
さっきまで見えていた真ん丸の夕日も、山の間に沈んで一時の休息に入ってしまったようだ。
名残惜しさを感じつつ、いつものように立ち上がると
「…じゃあ、僕帰るね。」
そう言ってずっしりと参考書の入ったカバンを持ち上げる。
「うん、気を付けてね。」
「深羽もね。」
ひらりと手を振る深羽を見るのはこれで何度目だろう。
思えば僕は、いつもこうして見送られるばかりで彼女を見届けた事はなかった。
「……深羽はまだ帰らないの?」
進めた足を止めて振り返った僕は彼女に問い掛ける。
そんな問い掛けに少しだけ戸惑いを見せた深羽は
「…あ、もう少ししたら帰るよ。禅を見送るのが私の役目だし!」
白いワンピースをなびかせて言った。