君にアイスを買ってあげるよ
君にアイスを買ってあげるよ
会社の飲み会で、業績の良かった先輩が居酒屋の支払いをカードで済ませてくれた。
「じゃ、また来るから」
片手をあげて店を出てくる。
「森田先輩、ご馳走さまでした」
「ゴチになります」
店の外には、僕と沢田さん。他の人は二次会へと繰り出してしまっていた。
「薄情だな、お前たちだけかよ」
先輩は少し淋しそうな顔をした。肩に担いだ上着が揺れる。ネクタイを取って、シャツの第二ボタンまで外すと大人の色気があった。
「みんな二次会にいっちゃいましたよ。追いかけますか?」
「いや…いい。帰って休むわ」
残業、残業で仕事を詰めてきて契約を取れたお祝いだった。気をゆるめた今は疲労が浮いている。
「…気をつけて帰ってくださいね」
「おぅ、沢田も気をつけろ橋田に送ってもらえ。俺は逆方向だからな」
男でも憧れる。
まして女の子なら…同じ部所なら想わないわけはない。恋しないはずがない。
明らかな落胆と諦めをみせて、僕に向く。
「じゃ、いこっか橋田クン」
街灯の明かりに微かな風に舞う桜が浮かぶ。ちらちらと映画のワンシーンのように。
また、こうして桜をみることがあるのだろうか、ふたりで。
「先輩、彼女いるのかなぁ」
「仕事人間だからね、いたら大変だよ」
俯きながら、他の男のことを話さないでよ。
ここにいるのは僕なのに、独り言みたいに。
明るいコンビニが見える。
「アイス、買ってあげましょうか」
「うん、食べたい」
君が好きなものくらい知ってる。落ち込んだときに食べる、とっておきのアイスも。
君にアイスを買ってあげるよ。
ずるい僕は君がなんで笑うのか知ってる。
「じゃあね、ハーゲンダッツね」
君にアイスを買ってあげる。
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