君にアイスを買ってあげるよ
拉致されました
森田さんの機嫌がいい。あまり顔に表れていないものの、体がリラックスしていて余裕がある。
叩いているパソコンのキーも軽やかだ。
しばらく画面とにらめっこして、資料を印刷すると離れた場所にあるコピー機からプリントされて出てきた。
できたてのプリントを取りに行きながら、僕にお声がかかる。
「橋田、ちょっと付き合え」
森田さんにNOはない。嫌がったりしたらあの手この手で連れ出されることが解っているので、後について席を立つ。
「ちょっと休憩入るから」
まわりに言い置いて、森田さんの後について行く。次の休憩、おやつなんだったんだろ。会社で頂くお土産をみんなで分けっこするのが習慣になっているので、後ろ髪をひかれた。
すたすた歩いていく森田さんは、休憩室に入っていって自販機とにらめっこする。
紙コップなら50円。ペットボトルなら100円になっている。
森田さんの見ている先には自社製のお茶、特売80円の字が踊っている。決意を固めたらしく、100円を投入してボタンを押した。
節電で暗かった自販機の、購入出来る商品に明かりがともる。
「……出ない」
とんとんと自販機のボタンを押して森田さんが首を傾げた。
よく見れば、80円の商品に明かりは付いていない。
「……もしかして釣銭切れじゃないですか」
お金の投入口近くにある、釣銭切れランプがついている。
森田さんがぐるんと僕を見た。
「嘘だろー買えないだろ、これ」
仕方なく10円玉を8枚投入口から押し込む。80円の商品に明かりがつき、買えるようになった。
早速森田さんは、80円のお茶に手を伸ばす。ガコン、と音がしてお茶が落ち、80円商品の明かりが消えた。あとは森田さんの注ぎ込んだ100円が残っていて、100円商品の赤い明かりだけ残る。
「サンキュー橋田。それで好きなモノを買えよ」
「好きなものって…。解ってますか森田さん20円しか奢ってないですよ?」
「奢りは奢りだろ」
そう言って森田さんはくったくなく笑った。ペットボトルの口を切り、くいっと喉に流しこんだ。
「あ~社員の鏡、営業の鏡だな俺。自社愛だろ」
「単に、味が解らないとすすめられないからでしょ」
「かもな」
そしてまた森田さんは笑った。女性社員をとりこにする笑顔で。