君にアイスを買ってあげるよ
壁ドンです
「ちょっと…動くな」
ここ資料室には資料の詰まった棚がたんまりあって……地震・雷・火事・森田そのうちのふたつに遭遇してしまうと、目も当てられない惨事が起きてしまう。
「ヤバい、すげー重い」
不意に来た地震で、壁に押し付けられるように、資料室の棚が倒れてきたのが、つい先程。
そして棚と壁の間で俺をかばってくれているのが、なんと森田さんだったりする。
ミシミシきしむスチール棚は、詰め込まれた資料のせいで重さ数倍増で、森田さんの背中にのしかかってきていた。
「ああもう…せっかく壁ドンするなら、相手を選ぶべきだった」
自分を守るように棚に背中を向けて重みを受けている森田さんは、苦しいのか目を細めて苦い顔をしている。
「悪かったですね。カワイイ女子じゃなくて」
「ホント、困るわ」
苦笑いをこぼした森田さんは髪が触れるほどの近距離で笑った。こうしてまじまじと近くで見ると、森田さんは整った顔をしている。
会社だけでなく、取り引き先の会社や、近くの会社の人達まで森田さんのことを知っている。
顔の脇に肘をついて、曲げた腕と手のひらが壁についているので、壁ドンの中でもかなりな接近具合だ。
「橋田は動くなよ」
支えている腕を支点にして森田さんが背中に力を入れる。顔の脇につけられた腕に力が入る。押し戻そうとする力と倒れかかっている棚とで力の均衡が崩れてギシギシと音をたてる。
何度か棚を揺らしてみるも、それでもびくとも動かない。
「結構鍛えてるつもりだったけど、重てーな」
ため息が髪を揺らす。
「僕も押しますから、頑張りましょうよ」
森田さんの体の両脇に腕を突っ張ると、ぐい、と力を入れてみた。
「なっ…何やってんだ、橋田」
慌てている森田さんの顔が赤い気がする……暗くてよくわからないけど。
僕の肩に顔を付けて、はああっと盛大にため息を漏らした森田さんは、ぼそりと呟いた。
「なんか、抱きついてるみたいだろ、これ」
確かに押すために、前屈みになっているので、さっきよりも森田さんに近づいている。
「やめてくれよ、ホント……」
はあっとまたため息。
「もう、あれだ橋田は隙間から抜け出して誰か呼んでこい」
言っている森田さんの顔が見えない。でもなんとなくわかる。これは本心じゃなくて、追い払う口実だって。
「嫌です。僕が居なくなったら、体当たりしてでも棚を動かすつもりじゃありませんか? 」
「……だったらどうする」
「そんなこと、させられる訳ないでしょう!? 」
ふっと森田さんが笑ったのがわかった。
「自分がなんでもできるからって、世の中には一人じゃどうにもならないことだってあるんですよ! 僕も手伝いますから!! 」
「わかった。それなら、体の向きを入れ替えて
、俺の隣に来い」
ぐいっと上げられた顎の先に、森田さんの笑った顔が見える。この顔は、仕事で困っている時に励ましてくれる顔だ。
「わかりました」
森田さんの腕をくぐって、体の向きを入れ替えた。同じように背中を棚につけると、森田さんがにやりと笑った。
「押し倒すくらいの勢いで押せ。俺達が倒したのか、地震で倒れたのかなんて分かりゃしない」
「無責任ですよねっ」
背中で押してみた本棚は重くて、ぴくりとも動かない。
うわ、これホントに動くんだろうか?
「ははっそーだな。橋田といると退屈しないな。それじゃ、せーので押すぞ」
「……了解」
物凄い不安が襲ってくる二人で押しても無理なら、次こそ助けを呼びにいかないと……
なんか、森田さん挟まってるし……
さっき体を入れ替えた時見えた。森田さんの左足、倒れた本棚に挟まってる。
………だから、絶対、この棚を動かさなくちゃいけない……
「せーーのっ」
二人でタイミングを合わせると、棚が大きく揺れた。
「もう一回、せーーのっ」
ぐらんと傾いた本棚に体当たりをするように力を掛ける。重い本棚は、ぎしりと軋んで反対側へと倒れていった。
「や…やったあ」
「はぁっ無駄に重かった……」
自分達の安堵の声は、続けて起こったドオンという棚の倒壊音に消される。
「なんだ」
「どうした? 」
音を聞きつけた人達の話し声が、聞こえてくる。
苦笑いをした森田さんが、首をすくめてみせる。
僕は笑ってハイタッチの手を差し出した。