…だけど、どうしても

そして、向かい側に座っているのは、男…それも、若い。
うまく隠しているつもりだろうが、彼女を見つめて、だらしなく鼻の下が伸びている。

「黒田さんに気を遣って頂いちゃって、良かったんですかねえ。」

デレデレした声が癇に障る。いや、彼女を目の前にしたら、どんな男だってこうなる…俺は思い直す。俺だって例外ではなかったかもしれない。

「今ごろ入り口あたりでやきもきしていると思います。」

落ち着いたその声で、今彼女は微笑んでいるのだろうとわかる。

「昼間は、心配させてしまったから。」

「体調は、もう大丈夫なんですか?」

「ええ、ご迷惑をおかけしました。」

「いや、そんな…」

彼女は深々と頭を下げる。それを止めようと男は、彼女の肩に手を伸ばし…その素肌に触れる前に、俺の手に払われた。

「え?」

男が驚いて俺を顔を上げる。彼女しか見えていなくて、立ち聞きと言うにはあまりにも堂々と会話を聞いていた俺に、気がつかなかったのだ。
彼女も異変に気づき、顔を上げる。
首をかしげ、男の視線を辿り、振り返った。

「あなた…!」

昼間は素顔だったその顔は、薄いとはいえ綺麗に化粧が施され、華やかさと楚々とした色気を纏い、息を呑むほどに美しかった。

「見合いは、やめたんじゃなかったのか。」

不機嫌な俺の声に、彼女は苦笑する。

「ええ…昼間は。」

俺は屈んで彼女の腕を掴み、引っ張り上げる。
今日二度目だ、なんてことが脳裏を掠めた。
彼女は自分の意志とは関係なく椅子から引き上げられ、立ち上がった。

「あなた、なんなんですか!!」

男が顔色を変えて叫ぶが、無視する。

「え、ちょっとっ…」
< 10 / 115 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop