…だけど、どうしても
そして、向かい側に座っているのは、男…それも、若い。
うまく隠しているつもりだろうが、彼女を見つめて、だらしなく鼻の下が伸びている。
「黒田さんに気を遣って頂いちゃって、良かったんですかねえ。」
デレデレした声が癇に障る。いや、彼女を目の前にしたら、どんな男だってこうなる…俺は思い直す。俺だって例外ではなかったかもしれない。
「今ごろ入り口あたりでやきもきしていると思います。」
落ち着いたその声で、今彼女は微笑んでいるのだろうとわかる。
「昼間は、心配させてしまったから。」
「体調は、もう大丈夫なんですか?」
「ええ、ご迷惑をおかけしました。」
「いや、そんな…」
彼女は深々と頭を下げる。それを止めようと男は、彼女の肩に手を伸ばし…その素肌に触れる前に、俺の手に払われた。
「え?」
男が驚いて俺を顔を上げる。彼女しか見えていなくて、立ち聞きと言うにはあまりにも堂々と会話を聞いていた俺に、気がつかなかったのだ。
彼女も異変に気づき、顔を上げる。
首をかしげ、男の視線を辿り、振り返った。
「あなた…!」
昼間は素顔だったその顔は、薄いとはいえ綺麗に化粧が施され、華やかさと楚々とした色気を纏い、息を呑むほどに美しかった。
「見合いは、やめたんじゃなかったのか。」
不機嫌な俺の声に、彼女は苦笑する。
「ええ…昼間は。」
俺は屈んで彼女の腕を掴み、引っ張り上げる。
今日二度目だ、なんてことが脳裏を掠めた。
彼女は自分の意志とは関係なく椅子から引き上げられ、立ち上がった。
「あなた、なんなんですか!!」
男が顔色を変えて叫ぶが、無視する。
「え、ちょっとっ…」