…だけど、どうしても


それから、英子さんは唯一手に持っていた(財布すら持ってはいなかった)携帯電話で、黒田を呼び出した。

あの車には黒田も同乗していたのだと言う。

「とりあえず私一人で会わせてほしいってお願いしたのよ。」

まあ要するに、端的に言って、俺は品定めされたのだろう。どうやら俺は無事、英子さんのお眼鏡にかなったようだ。

ほどなくして黒田がやたらと心配そうな面持ちでやって来た。

「そんな顔しなくたって何もしませんよ。むしろ安心してほしいくらいだ。」

「貴方にはいくつか前科がありますからね。」

思わず叩いた俺の軽口にも渋い顔だ。言い捨ててコーヒーを頼み、英子さんの隣に座った。俺はため息をつき、対面の二人に深く頭を下げた。

「先日は、東倉さんに大変失礼なことを申し上げました。申し訳ありません。」

「本当ですよ。」

「あら、恋人なら当然の言い分だわ。」

黒田と英子さんの声が重なった。

「いえ…うちと東倉は違います。代々続く歴史ある会社を担っている重責は、あの方にしかわからないものでしょう。私が言ったようなことはとっくに考え、その上で苦渋の決断をしたのだということは想像に難くない。完全に私の失言です。言ってはならないことを言いました。腹を立てられて当然です。」

「わかっておいでならいいのですがね。旦那様は今でもご自分を責めていらっしゃいますのに、一番言われたくない事を一番言われたくない相手に言われたのでは、たまったものではありませんよ。」

「…はい。」

「本当に、何故お嬢様のお相手が貴方なのでしょうねえ…」

黒田に嘆かわしげに深々とため息をつかれるが、仕方ない、と俺は黙って言われるがままにすることにした。
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