…だけど、どうしても
彼女が狼狽えた声をこぼした。
俺はそのまま彼女を引きずるようにして歩きだした。
店内から注目を浴びているし、あの男は何か喚いているが、どうだっていい。
出入り口に、年寄りが立っていた。
「お、おおおお嬢様?!」
構わず通り過ぎようとしたがその声に目を向けると、昼間にプールに駆け込んできたあの老紳士だった。そういえばここに入る時も立っていたかもしれない。彼女のことしか考えていなくて、気にも止めていなかった。
「黒田っ…」
彼女が老紳士を呼ぶ。助けて、という響きは含まれていなかった。
俺は彼女を離さず通り過ぎた。
「黒田、わたし、ごめんなさっ…」
男の俺の早足に引きずられて、彼女は自然と小走りになる。
「ねえ、どうしてっ…」
構わずエレベーターに引きずり込む。彼女はバランスを崩すが、腕を掴んだ俺が、転ぶことを許さなかった。
「痛いっ…」
切羽詰まった声に、はっとして目を向けると、彼女が涙を滲ませて身をよじっていた。やっと、自分が彼女の腕を砕きそうなくらい強く掴んでいることに気づいた。
ふっと力を緩めると、彼女は少しだけ緊張を解かれて息をついた。
俺はまた、どうしようもなく無性に苛立った。