…だけど、どうしても
彼女がか細い声で訊く。
俺は彼女の耳元でから顔を上げないままで囁いた。
「…紫苑。呼んで、カノ…」
「し、おん…」
「そう」
滴る俺の汗を白い肌が吸い上げ、上気している。
「そう、もっと…」
「しおんっ…」
カノ、カノ、俺は繰り返す。もっと呼んで。もっと声を上げて。もっと感じて…
カノ、
「カノっ!」
跳ね起きると、腕に閉じ込めていたはずのカノは居なかった。
「カノ…?!」
窓から燦々と射し込んで、部屋を満たす日光の強さが、明らかに昼を過ぎていることを知らせる。
裸のままベッドから転がるように抜け出した。
嫌な予感がする。
「カノ!」
部屋中を探し回る。リビングルーム、トイレ、バスルーム…
いない。
「くっそ…!!」
俺は昨日脱ぎ捨てていたズボンを身に着けシャツをかろうじて羽織ると、ボタンを留める時間も惜しんで部屋を飛び出した。
こんな時に限ってエレベーターが来ない。
くそ、くそっ…!
俺は階段を駆け下りる。
こんな馬鹿なこと許さない。逃さない。
息を切らせてロビーが見渡せる踊り場まで辿り着くと、俺はあちらこちらに目を走らせる。視界の端で何かがきらめいて、俺の胸をざわつかせた。
出入り口正面の、回転扉…
「…っ、カノ!!!」
絶叫した。