…だけど、どうしても
カノは今まさに、昨日の老紳士…黒田にうやうやしく付き従われて、いや、促されて、回転扉からこのホテルを出ようとしているところだった。
階段の手摺りから身を乗り出し叫んだ俺の声に、黒田に続いてカノが振り向いた。
俺の姿を認め、驚いたように目をみはって…目が合って。
黒田に背を押され、振り返ったまま足を止めることはない…ガラスの向こうに無情にも彼女が吸い込まれていく。
そして、ガラス越しに、俺を見つめて。
遠目からもはっきりとわかるように、微笑んだ。
愛しい人に向ける笑顔で、俺を見た。
さよなら。
声が聞こえた気がした。
「カノっ…」
カノは長い髪を揺らして俺から目を離し、前を見て、正面につけている車に迷わず乗りこんだ。
あんなに必死で手に入れたはずだったのに。
心も、体も、全部奪われたのは、俺の方で。
カノはまた俺の前から姿を消したーー…