…だけど、どうしても
3.
「お前、どうしたんだよ。」
高木が勝手に俺のデスクに浅く腰掛けて言った。
その口調で俺は部下たちが出払っていることに気づき、デスクトップから顔を上げた。
「食べてんのか、ちゃんと。痩せたんじゃないのか。」
「ああ…お前は、昼飯行かないのか?」
「それどころじゃねえよ。仕事溜まってんだ。」
「…俺の…せいじゃないよな?」
高木はそれを聞いて吹き出した。
形式上は上司にあたる俺に、普段は周りに示しがつかなくなるので敬語で話しかけてくるが、二人になればいつだって遠慮がない。
奴が大学院を卒業する時、大学を卒業して一足先にに芹沢コーポレーションに入社していた俺が、問答無用で引っ張り込んだ、大学時代の学友だ。
「ずっとうわの空だって自覚はあるんだな! そりゃ良かった。」
安心しろ、お前はミス一つしちゃいないよ、と付け足され、俺はひとまず安堵の息を小さく吐く。
「だけど、珍しいな。切れ味にかけまくってるよ。何でも打ち明けろなんて気持ち悪いこと言わないが、話してみてもいいんじゃないのか。よっぽどのことがあったんだろ?」
よっぽどのこと。
あの日から2週間が経とうとしていた。
予定通りの日程で戻ってきて、何食わぬ顔をして仕事をしているつもりでも、こうしてよく俺を知る者には見破られる。
俺にとっては、あの日は、俺自身も…人生までも、鮮烈に塗り替えられてしまったような一日だった。
けれど、たかが女一人のこと。
昔から俺と仲が良かった高木が聞いたら、超常現象が起きたぐらいの反応はされるだろう。あるいは、馬鹿にされるか。
「まさかとは思うが…女じゃないよな?」
「……」
「え? 図星?」
切れ者特有の鋭い眼光を帯びた、少しだけ釣り上がった高木の目が、真ん丸になった。
「お前ほんとに、どうしちゃったんだよ。」
「お前、仕事溜まってるんじゃないのかよ…」
自分でもわかるほどに弱々しく毒づくと、高木は眉をハの字にして笑った。
「わかった、ゆっくり聞いてやるから、今夜空けとけよ。」
「別に頼んでねえよ…」
「俺が興味ある。あの芹沢がどっかの女に骨抜きにされてるなんて。詳しく聞かせろ。面白かったら仲間内にバラまく。」
「悪趣味な奴…」
俺は抵抗する気力もなくなって、デスクに顔を突っ伏した。