…だけど、どうしても
「ーー…様……、お嬢様ー…!」
かすかに聞こえてきた声が、次第に近づいてくる。お嬢様、と繰り返している。どうやら、お嬢様、を探しているようだ。
彼女はそれ以上歩を進められずに、目をあちらこちらに泳がせている。
なるほどね。俺は納得する。
お嬢様は逃げている。このプールへの出入り口は、俺の背後の扉一つ。
あの声の主が扉から入ってきてしまったら、彼女は捕まってしまうだろう。
声はどんどん近づいてくる。年をとった男の声だが、はつらつとしていて、よく通る。開け放された扉に間近に迫ってきているのは明らかだった。
もうだめ。そんな声が聞こえてくるようだった。
観念したように彼女は目を閉じ、魅惑的な唇から香るようなため息を吐く。
俺は、一秒たりとも迷わなかった。手を伸ばした。
ザブンッ……!!
派手な水音と、このくそ暑いのに、きちんとスーツを着た老紳士が扉から駆け込んでくるのはほとんど同時だった。
「お嬢様!」
俺はそれを視界の端で捉えるやいなや、水の中に潜り込んだ。