…だけど、どうしても

東倉商事の社長の、一人娘。社長のほうなら見かけたことがあるのかもあるかもしれない。こないだの、黒田…あれは長く仕えている執事だろう。どんなに会社が危なくても、お嬢様を守る忠実なしもべってところか…
本人の意志を無視したお見合い。今時政略結婚でもして、どこかと起死回生の同盟を結ぼうとでもいうのか。

「俺は見たことあるよ、東倉花乃。」

「え?」

「お前の代理で会社関係のパーティーに出た時だよ。なんだったかもう忘れたけど、その娘のことなら覚えてる。」

ひと目見たら、忘れられるはずが無い。俺は頷いた。だが高木は眉を寄せて苦そうな顔をした。

「なんつーか、美人だけどあれは、人形だろ。アイスドールって呼ばれてることもあるぜ。」

「アイスドール?」

「向こうはお前と違って、コネが命を繋ぐ会社だろ。あの娘まだ学生なのに、社長の方針なのか知らないが、パーティーがあると駆り出されてる。
それであちこちの男が引き寄せられて、次々に群がるだろ。
そいつらの相手をする。でも特別な相手は誰もいないって感じで、いつも同じ控えめな笑顔作っててさ。ああ、可哀想に会社の人形なんだなって思ったよ。」

会社の人形。アイスドール。ああ…妙に納得した。
俺は彼女に群がる男たちと同じように、あのプールサイドであしらわれたのだ。
だけど、それなら、あの夜は。

黙り込んだ俺を高木が覗き込む。

「大丈夫か。」

「一つわからないことがある。初めて会った時点で、花乃は俺のことを知らなかったはずなんだ。」

そう、プールに引っ張り込んだあの時。あの取り繕うことが不可能な状況に追い込まれて、わざわざ俺のことを知らないフリをしたとも思えない。
しかも、あの時…あの時、彼女も俺の名前を訊いてきた。あれが演技なはずはない…
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