…だけど、どうしても
再び花乃がいた辺りに目を向けると、談笑していた男性も、花乃もいなくなっていた。
どこに…
俺は忙しなく雑踏に目を走らせる。
何とも言えない勘に突き動かされて、先ほど通ってきたばかりの出入り口を見た。
いた。
そんな、まさか。
血の気が退いた。
彼女は帰ろうとしていた。
ウェイターににっこりと笑いかけて、グラスを返している。
そのままここを出ていこうとする。
けして急いだ様子は無かった。あくまで、足取りは優雅だった。
だけど、そんな。
まだパーティーは始まったばかりなのに。
俺と一言も言葉を交わしていないのに。
「すみません、ちょっと、通して…」
俺は走り出した。
「し、紫苑?!」
ミイナが驚いて声をあげる。
だけどもうなりふり構っていられない。
怪訝な視線を浴びながら、人々をかき分け、大広間を飛び出す。
外に続く開け放されている扉を見ると、花乃が階段を駆け下りているところだった。
大広間を出るまでは、あんなにゆったりとした足取りだったのに。出た瞬間、走り出したに違いない。
俺に捕まる前に逃げ出したのだ。
俺は追いかけて階段に踏み出す。
彼女は気づいていないのか、後ろを振り返らない。
俺が追いかけてきても、こなくても、とにかくできるだけ早くここから離れるつもりなのだ。
早く、早く、早く。ヒールの靴でもつれそうな足は、それだけを唱えながら動いているみたいだった。
早い段階で彼女が逃げ出したことに気づいて良かった。俺は男だし、革靴だ。追いつくのは難しくなかった。