…だけど、どうしても

「いいのよ。私は誰かを好きになったりしないように生きていくんだもの。」

だって、好きになってしまったら。
私は自分のすべてをさらけ出すことなんてできないから。
だけど都合よく、愛してほしいなんて…そんなことを言うわけには、いかないから。

黒田は悲しそうな顔をして首を振る。

「黒田は、お嬢様にそんなことを言って欲しくないですな。時間というのは、心を洗い流してくれる、そういうものなんでございますよ。

きっとこれから、誰かと愛し合える時が来ます。飯沼の息子がその相手だとは、わたくしも思いはしませんが…ですから昨日のことは、黒田も目を瞑りましょう。旦那様にもうまく申し上げておきます。大体、このお見合い自体、悪意というか、腹に据えかねるところがございますしね。

しかしですね、芹沢紫苑という男はどうもわたくしとしてはですね、信用しかねるといいますか、相当な切れ者だという事はそこここで耳にしますし間違いないんでございましょうが、しかしそれとこれとは…」

「心配しないで。私は何も後悔したことなんてない。これからもしないわ。」

行きましょう、と黒田を促す。黒田はため息をついて、歩きだした。

その後、また、彼が追いかけて、私を呼んでくれて。あんなに、苦しそうな、切なそうな顔をさせてしまったのに、私の胸は満たされてしまった。
私は彼に、ありがとう、とちゃんと言ったかしら、と思い返ながら、彼に笑いかけたのだ。
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