…だけど、どうしても
さすり続けていた背中の動きがだいぶ緩やかになってきた。まだ呼吸は荒いが、その合間に捩じ込むように、彼女は声を出した。
「ありがとう…助けてくれて…」
「無理にしゃべらなくていいから。」
「あの…」
滑らかな、絹の手触りを思い出すような声だった。
もっと聞きたい、と咄嗟に思ったが、俺は背に当てた手に力を込めた。
「黙って。さすがに突然過ぎた。悪い。」
彼女は小さく首を振って、顔を上げた。
むせ過ぎて、潤んだ両目が俺の視線とぶつかる。
ゾクッ…と、もう戦慄に近いような欲望が背筋を走り抜けた。
まただ。あまりの衝動に目眩がした。酸素を求め続けるその唇を塞いで、めちゃくちゃにむさぼりたい。いや、耐えろ…俺はまた、すっと目を逸らす。
理性を失うな。俺は必死に自分に言い聞かせる。
なんだこれは…こんなことは初めてだ。いくらなんでもおかしい。衝動に呑み込まれそうになりながらも、なんとか踏みとどまる。頭が沸騰しそうだ。夏のせいなんかじゃない。どうかしてる。
「あの、もう、大丈夫。本当にありがとうございます。」
彼女が控えめにそう言った声で、我に返る。
「ああ…」
俺は無理やり口角を上げる。笑えているだろうか。獣のような目で彼女を見ていないだろうか。
「ずぶ濡れだな。俺のせいだけど。」
そう言うと、彼女もふわりと笑った。
その笑顔で俺は完全に彼女に捕われ、考えられないほどあっけなく、恋に落ちた。