…だけど、どうしても
今までで一番難しかったけれど、あの屋上のプールサイドで、私はなんとか彼から自然に逃げきれたと思っていた。
あれ以上二人でいたら危険だというギリギリのラインを見極められたと思っていた。
それは、彼が私を求めるギリギリのライン?
もちろん、そう。だけど彼が私を見る目は、他の男の人みたいに、いやらしくなんてなかった。もっと純粋で、切実で、私が私だと信じる芯の部分を求めていた。
本当は、私自身が、彼に魅了されきってしまう、ギリギリのライン。
このままでは好きになってしまう。それを怖れて、焦って、逃げ出した。
だけど、彼は私を見つけ出して、二度も助けてくれて、逃がしてはくれなくて。
どうして、だとか、やめて、だとか考える時間も与えられなくて。
好きになりたくないのに、もう私は彼と距離を空けたいとは考えられなくなっていて、どうしたらいいのかわからない。
あのパーティーの夜からずっと、私も、たぶん彼も、考えられる限りのさりげなさを駆使して、会話を続けてきたけれど。
もう、それも尽きようとしている。
「…家は、大丈夫? 最近俺が連れ回して、帰りが遅くなってるけど。」
彼がようやく口を開いてそう言った。
「ええ、父はいつも帰りが遅いの。母はずっと体調を崩していて、ほとんど寝室から出てこないから…黒田だけは、口やかましいけど、大丈夫よ。」
私は少しおどけてそう言う。ああ、と彼も唇を歪めて笑った。この皮肉っぽい笑顔は、彼の癖。私はそんなことまで、もう知っている。