…だけど、どうしても
「黒田は私が生まれた時から私を知ってるから、心配で心配でしかたないの。まだ子どもだと思ってるのよ。」
「悪名高い芹沢の長男にたぶらかされてるって?」
彼はくすくすと笑いながらそう言う。
「そうね。」
私も否定しないで笑う。
もう会わないとあんなにはっきり言ったのに、私が彼と会うようになったのをすぐに見抜いて、黒田は苦い顔をしている。
あのお坊っちゃんはとんでもないプレイボーイだって有名ですよ、なんて真面目くさって言うのだ。
プレイボーイって…と、私が妙に古めかしい響きに笑うと、笑い事じゃございません、と食い下がる。黒田は心配なんですよ、お嬢様があの女たらしに騙されているんじゃないかって、お父様から貴女を任されているのに、何かあったらもう…
私なんか騙している時間がこの人にあるのかしら。
私はちらりと美しい横顔を見てそう思う。
だけど、母は。
母は、もしかしたら、喜ぶかもしれない。
私に好きな人ができたなんて知ったら、相手がたとえ、彼であっても。
あの事があってから、母はすっかり心を病んでしまって、一年以上床に伏せっている。少しは元気になるかもしれない。
笑顔が眩しいほどに美しかった母がすっかり笑わなくなって、父も家に帰りづらいのだろう。
それでも毎日、深夜には家に戻っているけれど、もっと早く帰ってこられる日もあるだろうと私は思っている。仕事が忙しくたって、本当は。
結局私が、あの家をあんなふうに、哀しい場所にしてしまったのかもしれない。