…だけど、どうしても

「もう、いいだろ?!」

雨音なんかに消されない、彼の強い声。
やめて。お願いだから、言わないで。

「もう、俺を好きか…そうじゃないかくらい、わかるだろ。言えるだろ?!」

言えない。私は。
彼の怒りと、切なさを孕む怒鳴り声にどうしようもなく胸が締め付けられて、涙が出てくる。
どうして泣くの。
全部、自分の選んだことなのに。

「なあ、俺を…嫌いなら、そう言えよ。好きなら、どうして…!」

どうして。
私だって、そう言いたい。どうして、私なんか追いかけるの。どうして私は…

「はっきり言えよ。俺を好きなのか違うのか!」

どうして、逃げ切れると思ったの? 

雨音が傘を打ちつけて、轟音を撒き散らし、私の耳を覆う。あの時も水の中だった。

あの腕で、プールに引き込まれて、水の中で初めて彼に出逢った。
彼は、やわらかく髪を揺らせて、私に向かって微笑んだ。
長い指を、妖艶な口元に立てて、大丈夫だと、頷いてくれた。

あの時からとっくに私は、彼に囚われていたんじゃないの?


プールサイドで見惚れた、均整のとれた美しい肉体。余裕と自信に満ちた、洗練された話し方や仕草。
私を捉える、漆黒の瞳。
何度も何度も、私を見つけてくれた、その瞳。

また逃げるの? 散々思わせぶりなことをして、拒絶するの?

だけど、だけど…言ってしまったら?
何食わぬ顔をして、また彼に抱かれるの?

どっちがひどい裏切りなのだろう。
どうすれば彼を裏切らずに済むのだろう。

だけど。
私は堪えきれずに溜まった涙を瞳から零してしまう。
泣く資格なんかないのに。 
泣くくらいなら、初めからこうならないようにしていればよかったのに。

だけど、
言わずにいられると思ったの? 本当に、一生?

「なあ、花乃…!!」

ああ、もう、だめ。私は遂に、叫んでしまった。

「……好き……!!!」

瞬間、大きな手で頭を捉えられて、息を飲む間もなく、唇を塞がれた。



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