…だけど、どうしても
「でも、あの、紫苑といたら目立ちそうなんだけど…」
「はぁ?」
呆れた声を出す俺に、花乃はまた驚いたように俺を見る。
「だって、知らないわけじゃないでしょう? 皆、紫苑を見てるって。あの時だって私、その場の空気みたいなものに釣られてあなたを見つけたのよ。」
「じゃなくて、花乃だってそうだろ。まさか知らないわけないよな? 男の視線釘付けにしてるって。」
「そんなことないわ。私は紫苑みたいに華やかじゃないから、一人でいれば誰も彼もに見られるようなことにはならないの。」
「わかってねーなあ…」
花乃は鈍くはないはずだ。目の前の男には礼を尽くしながらそれなりに策を弄しているのだろうが、周囲の視線は感じないタイプのようだ。男たちがむやみやたらと花乃に声をかけないのは、自分がその他大勢の一人になりたくないからだ。花乃の性格上、対面すれば丁寧に受け答えしてくれる。皆、彼女の笑顔を自分に向けさせるタイミングを狙って、その姿を目で追っている。
どこから教えてやろう、と思ったが、この美しくあまりに無垢な女に男の浅はかさを切々と訴えるのも何か情けない気がした。俺だって例外的な男とはいえない。
「…まあ、いいや。俺が虫除けになるから。」
花乃の頭を引き寄せて、その花の香りがする天辺に口づけた。
「虫除けって…紫苑、人のことなんか全然言えないと思うわ…」
抗わず俺にしなだれかかりながらも、花乃は不服そうだ。