…だけど、どうしても
花乃も慣れた手つきで受け取りながら、そう言った。高木の話は時々する。顔と名前が一致して、花乃は親しげな笑顔を高木に向けた。
「経営管理部? では、広報から移られたのですね。」
さすが営業、青山は記憶力が良いらしい。さして会ったこともない高木の個人情報をしっかりと覚えているようだ。それとも、高木がただ者ではないことを勘づいていて注意を払っていたのか。
「ええ、まあ。長めの引き継ぎみたいなものですかね。」
高木の言わんとしていることがわからず、青山は首を傾げた。態度に邪念や悪意が無い。素直な男なのだろう。高木がこうして自分の立場について何か匂わせたりするのは、それなりに見込みがあると判断した相手に対してだけだ。加えて、その素直さは高木のからかい癖を刺激するに違いない。俺は苦笑して補足説明をしてやることにした。
「私が近い将来、役員になったら折を見て経営管理部は彼に任せるつもりなんですよ。」
「ああ…」
合点がいって、青山は頷いた。それにしても、まだ若いのに。そんなふうに言おうとしたのだろう矢先に、また別の声が割り込んできた。
「やあ、これは芹沢コーポレーションの紫苑くんじゃないかね?」
「副社長!」
青山が声を上げる。恰幅のいい、溌剌とした初老の男性が近づいてきたところだった。昔会ったことがある。名前は、と思っていると、
「澤柳」
高木が低い声で俺にだけ聞こえるように呟いた。
「やあ、青山くんだったね。こちらのお坊ちゃんとお友達だっとは知らなかったよ。」