…だけど、どうしても
「そりゃそうだろうよ、親父は。嫌がるのはあちらさんのほうだろ。」
そうやって和やかな口調で言ったのは、紫苑のお父様。
「何故だ? 買収の話は向こうにとっても悪い話ではなかったはずだ。それをあの若造が意地だけではねのけて、結果、沈みかけていたじゃないか。うちと親族関係を築けるなら今度こそ生き残りの千載一遇のチャンスではないか。」
「あなた、そのへんで。花乃さんが困ってらっしゃるわ。」
お祖母様が柔らかくお祖父様の腕に触れて制した。お祖父様は私に目をくれて、紫苑も時々使う、あの冷たい声色で言った。
「お嬢さん、うちは貴女を歓迎する。」
何もかも見透かすような眼差し。私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。この人は、もしかして。
「ありがとうございます。」
それでも私は戦慄をぐっと飲み込み、にっこり笑ってみせた。
お祖父様は口角だけ上げ、面白そうに私を見て黙っている。その表情も紫苑にそっくりだった。
正面から一人一人の相手はできても、お祖父様と紫苑が揃うと、私は落ち着かない。お祖父様の前で仮面を被っても、紫苑がその下の素顔を見逃さないようにじっと見ている。紫苑に笑いかけても、お祖父様に私の正体を見破られているような気がする。
けれど、その後は和気あいあいとした食事会となって、楽しい夜だった。
「結婚とか、気にするな。花乃のペースで付き合ってくれれば、俺はいいから。」
家まで送ってくれた、別れ際に紫苑がそう言った。
「何も気にしてないわ。楽しかった。ありがとう。」
本当に? 紫苑の黒い瞳がそう言いたげに揺れている。だけど何か覚えた違和感を、口に出さずにいてくれる。
「おやすみなさい。」
紫苑が私との日々を守ろうとしてくれていることが嬉しい。だけど永遠に続けられる?
続けさせて。
紫苑が私におやすみと言って、キスをする。私達がいつも交わす、幸せなキス。