…だけど、どうしても
やっとの思いでそう言うと、飯沼の手がさらに下ってきて、お尻に届いて円を描いた。嫌悪感が身体中を駆け巡り、息が浅くなってくる。
誰か。
駄目よ、自分でなんとかしなきゃ。
相反する私の叫びが頭の中でぶつかる。
「冷たくなったなあ。男ができたからかな?」
やめて!!
喉からヒュっと風が漏れた。目の前がぐるりと一回転する。ここで倒れるわけには…
「やあ、明けましておめでとうございます。」
突然身体が傾いた。私が眩暈に負けたのかと思ったけれど、そうではなかった。
「…紫苑。」
紫苑が後から腕ごと強く引いて、飯沼から身を引き離してくれたのだ。
ようやく呼吸か少し正常に戻ろうとしたところで、飯沼が紫苑を頭からつま先まで見て言う。
「紫苑? ふーん、じゃあ、君が噂の芹沢紫苑か。へえ、なるほどねえ…」
「あの、私、失礼して…」
本当に限界だ。無事にここを出られるかわからない。紫苑は既に私の異変を察している。頷いて私を支えて歩きだそうしてくれた。それを引き止めるように飯沼がしつこく話しかけてくる。
「本当にこの子と付き合ってるの? 君はさ、知ってるの? この子がさ…」
やめて、やめてやめてやめてやめてやめて!!
「歩けるか。」
紫苑は聞く耳を持っていなかった。私を抱えるようにして飯沼に背を向ける。
「ごめんなさい、お手洗いに…」
「ああ。」
紫苑の視界から排除された飯沼は、軽んじられて憤怒と薄ら笑いをいっぺんに顔に浮かべているだろう。けれどそんなことを確認する余裕は私にはない。とにかく一刻も早くここを去りたかった。