…だけど、どうしても
3.
吐いている。
酷い音だった。時折漏れる声が尋常ではなく苦しげだ。一体何だっていうのか。
俺は花乃を待ちながら苛立っていた。
あの男の名前は、飯沼といったか。
会場に着くなりいつものように花乃の姿を確認すると、いやらしい笑顔を浮かべた男に絡まれていたから、飛んでいって強引に男から引き剥がすと、その身体は小刻みに震えていて、息が乱れ、顔は真っ青だった。
花乃のあんな姿は見たことがない。パニックを起こしかけて、気力だけで立っていた。
男と対峙するよりも何よりも、花乃をこの場から連れ去ることが先決だった。
飯沼。
俺は頭の中のデータからその名前を探す。
飯沼財閥。日本有数の財閥の、あれは、トップなのかもしれない。
東倉と何か関係があるのだろうか?
そんな情報はないが…高木に調べさせなければならない。
そんなことを考えていると、花乃がいくらかしっかりした足取りで、トイレから出てきた。
「ごめんなさい、心配かけて。」
声も震えてはいなかった。顔から青さは引いていたが、真っ白で、とてももう大丈夫だとは思えない。説明を求めるより、休ませるべきだ。
「帰ったほうがいい。送るから。」
「ううん、いいの。紫苑の部屋に連れて行って。」
意外すぎるその言葉に俺は思わずきつく眉を寄せてしまう。
「何言ってる。ちゃんと自分の部屋で休まないと。」
「こんな顔、黒田に見せられないもの。」
「……」
それは、確かに。俺は沈黙する。
「…わかった。タクシー乗り場まで歩けるか。」
「ええ。」
花乃は頷いて俺の腕に手をかけた。
「ありがとう、紫苑。」