…だけど、どうしても

「っ、ふっ…ざ、けんな!!」

急に呪縛から解き放たれたように、身体がバネのごとく跳ね上がり、花乃が引き開けた応接室のドアを、その身体の上から覆いかぶさって押し閉めた。
バタン、と激しい音がした。間に合った。俺はドアについた腕の中に花乃を閉じ込めて、息をついた。

「何なんだ、一体…そんなんで、俺が納得するとでも思ったのかよ。」

怒鳴りつけられたからか、出口を封じられたからか、花乃が動揺して瞳を揺らしている。俺を見ようとしない。

「こんな…会社にまで来て、わざわざ無い時間、狙って。一方的に…」

「…紫苑、お願いだから…」

「別れないからな。やっと手に入れたんだ。俺はお前を手放したりしない。」

花乃の取り繕った微笑みがみるみる崩れて、泣き出しそうになっている。
そうだ。花乃はいつも頑なに仮面を被っていた。今までは無理矢理それを剥いで、立ち去られることが怖かった。だけど今はもう…花乃を失いかけている今はもう、手段を選んではいられない。

「説明しろよ。幸せなら続ければいいじゃないか。今まで夢みたいだったって? 夢なんか見た覚えないね。俺はいつだって現実でお前と居た。勝手に夢にするな!」

「やっ…」

花乃も追い詰められている。身を捩って、俺の腕の中から抜け出そうともがいている。華奢な花乃が男の俺にかなうはずがないのに。両腕を捉え、ドアに押しつけた。

「やだ、離して…」

「離さない。」

「離して!!」

遂に花乃が絶叫した。
構うものか。俺は花乃を睨みつけたまま、一層手に力を込めた。
< 89 / 115 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop