…だけど、どうしても
身なりを整えて部屋を出ると、エレベーターで一階へ降りた。
奥まったところにある、ほの暗いバーラウンジへ向かう。
数組の客の会話がひとかたまりの穏やかな雑音になって、店内に流れる落ち着いた音楽と調和していた。
何度か顔を見かけたことのあるウェイターは俺の姿を認めると足を止め、笑顔で口を開きかけたが、俺が誰かを探していることを敏感に察し、黙って頭を下げる。俺は片手を軽く上げて挨拶すると、そのまま歩みを進めた。
カウンター席にさっと目を走らせるが、それらしい姿は見当たらない。
間接照明ばかりの広い店内をくまなく探すには目が慣れるのを待たなくてはならなかった。
俺はゆっくりとテーブルの間を歩きながら談笑する客たちの顔を順に見ていく。
だが、顔を見る前に。
居たーー…
後ろ姿ですぐに彼女だとわかった自分に驚いた。
同時に当然だとも思った。
この姿がずっと、目に焼きついて離れなかったのだから。
彼女の濡れて乱れていた髪は綺麗にブローし直されて、天井から照明に照らされてつややかに輝いていた。それを片側に寄せて、片方のうなじを晒している。
あのオレンジ色のラフなワンピースも、この場に似つかわしい、水色の身体にフィットした清楚なワンピースに着替えている。正面から見たら、さぞかし似合っていることだろう。
袖のない服から伸びた白い手は膝の上で固く組まれていた。テーブルの上のシャンパングラスに触れようとするそぶりはない。