…だけど、どうしても


ノックの音がして、ドアが細く開いた。

「おーい、終わったか?」

言いながら、高木が顔を覗かせた。

「ああ、悪い…」

ソファに座らせ、背中をさすっているうちに、花乃はだいぶ落ち着いていて、涙もひいていた。

「とりあえず皆、昼飯に出てったぞ。相当興味津々だったけどな。」

「ごめんなさい!」

小さく叫ぶように花乃が言った。

「いや、花乃ちゃんが謝るこたねーけど。すごい美人が来て、あれが部長の彼女か、さすがだみたいな空気だったのに、ドアが開いた途端すごい勢いで閉まるだろ、怒鳴り声だろ、いくら防音でもあれだけ大声出しゃ、修羅場だなくらいわかるぞ。お前、DV疑惑浮上してるからな、今。」

「まじかよ…」

「ま、でも落ち着いたなら良かったよ。」

「あの、私帰ります。ご迷惑おかけして本当にごめんなさい。」

「いや待て、お前どうせ帰ったって何も喉通らないんだろ。蕎麦でも食いに行こう。それくらい食えるだろ? 高木、お前も来る?」

「ああ、向かいの? いいな。邪魔じゃないなら行くわ。」

なんとなく、花乃も今は俺と二人だと気づまりだろう。
三人で連れ立ってオフィスの向かいにある蕎麦屋に入った。

三人で他愛もない話をして、花乃に笑顔が戻ってくるのを見て、ようやく安心した。なんだかんだ言って、高木も花乃との会話を楽しんでいるようだった。

「そろそろ戻らないとな。花乃、車回してくるから、ちょっと待ってろ。」

「あ、ううん、あの。」

花乃が言い淀んでちらりと高木を見る。すると高木がにやっと笑って、頷く。どうやら俺が席を外していた隙に何か話していたようだ。

「あの、紫苑の部屋にお邪魔しててもいい…?」

「え? ああ、もちろん。」

「あの、じゃあ…今日は8時までには帰ってきてくれる?」

なんだ、高木、何を言った? こんな可愛いこと言わせて。
後から高木に馬鹿にされるのはわかっているが、にやけてしまうのを止められない。

「7時までに帰るよ。」


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