…だけど、どうしても
春 その手を
1.
本当に、私はあの頃、自分が汚れることなんか怖くもなんともなかった。誰も愛す気なんかなかったから。私の人生はそういうものだと、疑ったことはなかった。
母があまりのショックに身体と心を壊してしまっても、父が私と母を守りきれなかったと自分を責めていても、後悔なんかしなかった。
だって、他にできることはなかったから。私は、女で、若くて、無力だった。だけどできることがあった。だから、しただけ。
怖くなったのは、紫苑に出逢ってから。
紫苑を好きになってしまってから。
父は、私を飯沼から逃す為に、それから、母から苦しみの源を離してやる為に、契約期間を終えた後、私をフランスにやった。
冷却期間を設けている間に、飯沼は病に倒れたと聞いた。だけど帰国した私に待っていたのは、飯沼の息子とのお見合い。
父は会うだけでいい、と言った。これ以上飯沼との関係を深めなくても、うちはなんとかできるから。
だけど、何か。
私は何か、虚ろな気分になった。
あまり深く物事を考えられなくなっていた。私は自分が思っていたよりも弱かったのかもしれないし、自分が思っていたよりも、嫌悪感を引きずっていたのかもしれない。
お見合いの直前で、逃げ出した。
そうして、紫苑に出逢ってしまった。
あれほどしないと信じていた恋をしてしまって、それから急に自分の過去をどう考えればいいのかわからなくなった。
絶対に紫苑には知られたくない。
だけどこんなこと、隠していていいことじゃない。
それに彼ほどの家柄の出身だったら、隠していても、いつ知られたっておかしくない。
初めから間違っていたし、初めから、彼を裏切っていた。
それでも一緒に居たかった。
たとえ終わりが来ると、わかっていても。