…だけど、どうしても
え。
何?
「…紫…苑?」
「もう飯沼に指一本触れさせない。花乃は、今はまだ学業を優先させたいだろ。結婚となると色々ややこしいことがあるから、少なくとも卒業するまではまだ早い。でもいずれ芹沢の妻になるってことを公表しよう。そうしたら誰ももう手出しはできない。…嫌か?」
「嫌、なんて。まさか。でも…」
「でも、何?」
「だって…そんなことしたら不要な負担が紫苑に山ほどかかるわ。それにもし、婚約破棄ってことになったら、芹沢家にも迷惑が…」
「そんなことにはならない。」
紫苑は顔をしかめる。
「花乃が俺を振らない限り婚約破棄はあり得ない。」
「そんなこと」
「花乃。いいから、頷くだけして。」
なおも言い募ろうとする私の声を、少し不機嫌になって紫苑が遮った。
「黙って俺に守らせろ。」
「紫苑…」
私は胸がいっぱいになって、また、夢みたい、と思ってしまうけれど、きっと彼は怒るから、言わないでおく。
そう、彼はこの現実で、前だけを見ている。
今できることだけを、こんな私のために。
「…ありがとう。」
「馬鹿だな、お礼言うとこじゃない。俺の希望なんだから。お前わかってる? まんまと俺に捕まってんだよ。」
わかってないのは、紫苑のほう。
私は最初からあなたに捕まっている。
私なんか、とんでもないお荷物なのに。
いいの? 離してくれなきゃ、大変なことばかりよ。
そう思うけれど、あまりにも迷いの無い瞳で見つめてくるから、私はこくりと頷いた。
「決まりだ。」
紫苑は見たことがないくらい晴れやかに笑って、私の髪をくしゃくしゃにして頭を撫でた。