…だけど、どうしても
もちろん、婚約だけでも、そううまく事は運ばない。そう、私の父が了承するはずがなかった。
ある日曜日、ひとまず父は紫苑を家に入れてはくれた。私が事前に頼み込み、やっと父が指定した日に、紫苑は無理矢理休みを取って(というのは高木さんから聞いた)、初めて見る地味なスーツでやって来た。
髪も少し切りそろえ、かっちりと整えていた。
もちろんそんなことで紫苑の持っている華やかさは隠れなんてしてはいなかったけれど。
紫苑は緊張したそぶりもなく、黒田が運んできてくれた紅茶を優雅に口に運び、丁寧に父に挨拶し、婚約を認めてほしい旨を淡々と述べた。
少なくとも父の態度よりは立派だったと思う。
父は唇を真一文字に引き結び、ろくに挨拶もせず、ただ紫苑を睨めつけていた。
紫苑は度々父の返事を待って間を置いたけれど、その度、沈黙が訪れるだけだった。
「過去にうちとそちらがひと悶着あったことは存じています。しかしこのこととそれは一切関係ありません。ただ単に、私がお嬢さんと正式に交際していると、世間に公表する為のものです。祖父にはそれを充分言って聞かせます。」
「認めるわけにはいかない。」
短気な紫苑の隣で私も…それにリビングの隅に立っている黒田も、はらはらしながら二人のやり取りを見ているしかない。
「芹沢さん。私は今日貴方を受け入れるつもりで家に上げたわけではない。娘と別れるようお願いするつもりで貴方に会ったのだ。」