…だけど、どうしても
頑なな父の態度に、辛抱強く対応していた紫苑が、遂にカチンと来たのを肌で感じた。まずい、と思った時にはもう紫苑は口を開いていた。
「何故です? 少なくとも花乃は俺を好きだ。飯沼なんかに娘を売るより、よっぽどマシだと思うが」
「紫苑」
私は慌てて紫苑を制した。
でも遅い。父はみるみる顔を赤黒く染めた。
「そんなことまで話したのか、花乃。」
「花乃は先日あの男に出くわして、倒れかけたんですよ。あんなことは二度とご免だ。あなたが守らないなら俺が守る。」
どう考えても交渉は決裂だ。今日はもうどうしようもない。
「あれはお嬢様が無理矢理押し切った形でした。結果的に東倉商事は救われましたが…」
その声にはもう諦めが滲んでいたけれど、黒田がこうしてフォローを入れてくれるだけでも、救われた気分だった。
「一時的な危機を、凌げばなんとかなるって聞いたから。最後までお父様は止めたのよ。」
「そんなことは話さなくて良い。このお坊っちゃんに何がわかるのかね。あの高慢な成金の孫だぞ。」
「お父様、それはあんまりよ」
「祖父は確かに野心家ですし高慢で成金かもしれません。しかし貴方が家が立派で金だけを出してくれるからと言って、あんな男に娘を差し出したことと関係ありますか。」
「紫苑、だから、」
「止めようと思えば止められたはずだ、例え会社を潰すことになっても」
「私の代で東倉を潰すわけにはいかない。飯沼は少なくとも芹沢と違ってうちの名を永久に葬り去るようなことは言ってこなかった。」
「だからって花乃を」
「花乃はきちんと理解している。貴様に何がわかる!」
父が拳を激しくテーブルに打ちつけた。