恋した責任、取ってください。
 
困ったように微苦笑しながら口元の傷を右手の親指でなぞる大地さんは、思わず伸ばしかけた私の手を見て「ごめんね」と言う。

いえ、と返しながら、それはどの〝ごめん〟なのかと考える。

試合に勝てなかったごめんですか?

自分の不甲斐なさを謝るごめんですか? 

……それとも、私に触ってほしくはないから拒絶する意味でのごめんですか?


宙に伸ばしかけた手をぎゅっと握り込み、体の脇に戻す。

弥生はさっき、笑いながら王子様がどうとか言っていたような気がするけど、2度振られている身としては、そんなのあるわけないじゃない、と心に卑屈な思いが生まれてしまう。


「すみません、つい傷口にびっくりしちゃって。あの、どうしたんですか? サポートチームのほうに何か急ぎの伝言でも頼まれました?」

「いや……うん……」

「……?」


気を取り直して尋ねてみると、けれど大地さんはとたんに口ごもり、【関係者以外立ち入り禁止】のポールの向こう――選手控え室がある廊下の向こうに視線をさまよわせた。

観戦客用の出入り口、つまり体育館の正面玄関の賑わいとは反対に照明が少なく物静かな雰囲気が漂うそちらは、普段ならいくらサポートチームの一員でも足を踏み入れる機会はない。

大地さんにつられて、しばしそちらを見つめる。


「――あ」


すると、ちょうど廊下の突き当り部分の部屋から大地さんと同じ背丈くらいの人が出てきて、廊下の角を曲がっていった。

思わず声が出てしまったのは、その人がホーネットの葛城さんだったからだ。

ひとりだけ出ていったのを見ると、まだその他のホーネットの選手は帰り支度の最中なんだろう。

廊下の角を曲がる直前、スマホを耳に押し当てていたので、どこかへ電話するつもりのようだ。
 
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