恋した責任、取ってください。
「でもほんと、引退だけはなんとか止められて良かったわ。そうそう、なっちゃんと初めて会社の廊下で会ったあの時も、どうしても引退させてくれって言いに来ててね。話は平行線で、とりあえず帰る!って大地怒ったのよ」
「大地さん、怒るんですか!?」
「プリプリって感じ?」
「へぇ……」
怒った大地さんなんて全然想像できないけど、恵麻さんにならどんな感情も晒け出せるんだろう、姉弟だからこそだけど、普通に羨ましい。
私も大地さんに怒られてみたい。
……いや、けして私にMっ気があるとかいうワケではなく、プリプリならきっと怒っても可愛いんだろうなという、そんな程度の興味だ。
「まあ、こっちとしては引退させたくないわけだからさ、あらゆる手を使ってチームに引き留める覚悟があったわけ。プロでやっていけるだけの実力があるわけだから、ヘタレな理由で引退なんて、どうしてもさせられなかったの」
「ああ、あの、ライバルチームに3年ぶりに復帰したっていう選手の……?」
「そう。にしても、わりと情報通ね」
「佐藤さんとご近所さんなんです。犬の散歩のときに偶然会って、それで。佐藤さんも大地さんの引退を阻止したいって言って、気になるだろうからって教えてくれたことがありました」
へぇ、と相槌を打ち、恵麻さんはビールをまた口に含み、イカの酢味噌和えに手を伸ばす。
もんちゃんの散歩中にいきなり声をかけられたときは、口から心臓が飛び出そうなくらいビックリしたけど、あれ以来、なんだかんだで構ってくれるんだよなあ、佐藤さん。
すっかり佐藤さんにお熱な弥生に、佐藤さん情報は何かないのかと訊ねられ、実は近所で、彼のランニングの時間と散歩の時間が一緒だと教えたところ、最近では率先して散歩に連れ出してくれるようになったため、私は佐藤さんともなかなか会える機会がないわけだけど。
「今日も佐藤さんといっぱい話してきた!」と声を弾ませて帰ってくる弥生を見ると、彼も元気にバスケをしているんだなとホッとする。