鏡の中



那が笑った瞬間、誰だかわからなかった女の名前まで一瞬で思い出せた。

なのに、どうしてだろうか。



もう失った記憶が戻ってこない。



焦燥感を交えたイライラはきっと那に伝わっていたんだろう。




いつものように、ちょっと眉を下げた那が志の手を引く。





外は6月独特の梅雨のにおいがした。





「ありがとう、那。」


「いいんだよ。志のことならなんとなく感じられるんだ。きっと言い出しづらいことなんでしょう?」



< 32 / 142 >

この作品をシェア

pagetop