鏡の中
そんな変な錯覚を起こし、志はうつむいてしまった。
「うん。きっと何かがあったから、いきなり忘れちゃったんじゃないかな。また何か必要になったときに、思い出せるときがくるよ。私はそう願ってるね。」
「っ…」
「でもねゆきちゃん。過去があるから今があるなんて、よく言う人がいるけどさ、私は何より今が大切だと思うよ。今私の隣にゆきちゃんの温もりがあるだけで、いい気がするんだ。」
那はそういってまたふふっと笑った。
笑った那を見たくて、志が顔をあげると、そこには愛しい愛しい笑顔があった。
「ありがとう」
志もつられて笑って、那の肩を抱き、キスをした。
いつもは彼を欲情させる彼女の匂いが、今日はやさしくふんわりと鼻をくすぐった。
唇を離して、そして2人は顔を見合わせた。