晴れ、のち晴れ

「笹木野」

あたしは、シャツのボタンを外している笹木野の手にそっと触れた。

笹木野の手が止まる。

「手、震えてる」

震える手でボタンを外そうとしていたため、上から二、三個しか外れなかったようだ。

「やめよう、こんなこと」

「…好きなんだ」

「きっと、笹木野は後悔する」

「好きなんだ、七篠が好きなんだよ…っ」

笹木野が俯いて悲痛な声で叫ぶ。

「ごめん。気持ちは嬉しいけど、あたしはそういった意味では、笹木野のこと、好きじゃない」


沈黙の後、笹木野はあたしのシャツから手を離すと起き上がり、あたしの方を見ずに走り去って行った。

あたしは仰向けのまま、シャツの開いた部分を掴む。


本当は分かっていたのかもしれない、笹木野はあたしが笹木野を友人以上に思っていないことを。

あたしは笹木野の下の名前すら知らない自分に気付く。

知りたいと思ったことがなかったのだ。

「薄情だ、あたし…」


嫌なことに、こんなことを考えている時でさえ、頭の隅から葵の澄ました顔が消えなかった。

< 97 / 119 >

この作品をシェア

pagetop