晴れ、のち晴れ
「笹木野」
あたしは、シャツのボタンを外している笹木野の手にそっと触れた。
笹木野の手が止まる。
「手、震えてる」
震える手でボタンを外そうとしていたため、上から二、三個しか外れなかったようだ。
「やめよう、こんなこと」
「…好きなんだ」
「きっと、笹木野は後悔する」
「好きなんだ、七篠が好きなんだよ…っ」
笹木野が俯いて悲痛な声で叫ぶ。
「ごめん。気持ちは嬉しいけど、あたしはそういった意味では、笹木野のこと、好きじゃない」
沈黙の後、笹木野はあたしのシャツから手を離すと起き上がり、あたしの方を見ずに走り去って行った。
あたしは仰向けのまま、シャツの開いた部分を掴む。
本当は分かっていたのかもしれない、笹木野はあたしが笹木野を友人以上に思っていないことを。
あたしは笹木野の下の名前すら知らない自分に気付く。
知りたいと思ったことがなかったのだ。
「薄情だ、あたし…」
嫌なことに、こんなことを考えている時でさえ、頭の隅から葵の澄ました顔が消えなかった。