WORKER HOLiC
 時刻は21時。

 まだ素面の人が多い時間帯。

 何人かの大学生とすれ違いながら、むっとする熱気に自分を手で扇ぐ。

 外は暑いけれど、とても開放された気分になれた。

 ……だいたいあの人がいるなんて、私は一切聞かされていないわよ。

 来ると知っていたら、絶対に来なかったのに。

 エレベーターの前に立ち、再度腕時計を見て溜め息をつく。

 とても飲みに行きたい気分。

 こんな時、友達の雪がいれば呼び出せるのに、残念ながらあの子は大口の仕事で出張中。

 まさか他県にいる雪を、呼び出す訳にはいかないわよね。

 ……と、すると、一人で飲みに行けるところは限られて来る。

 確か、この時間帯だと創作料理の[下り坂]か、チエさんとこの『蔵』か。

 『蔵』なら、昼間はマスターをやっているママだから、たまに閉まっている時がある……

 とりあえず連絡をしよう。

 扉が開いたのでエレベーターに乗りながら、バックを漁る。

「あれ……」

 スマホがない。

 確か会社を出た時にメールチェックはしたから、会社に忘れて来たと言うことはないと思う。

 けれど、ない。

 あ。

 と、顔を上げた所で、

「忘れ物?」

 目の前に立つにこやかな有野さん。

 ……何故か冷や汗が出た。

「……こんばんは」

「うん。こんばんは」

 閉まりかけたエレベーターの扉を開け、有野さんは私の隣に立つと、一階のボタンを押して壁に寄り掛かる。

「帰るの?」

「は……いや、あの」

 閉って行く扉と有野さんを交互に見る。

「忘れ物をしたので……」

 エレベーターを出ようとして、

「うん。これでしょ?」

 言われて振り返る。

 有野さんの手にあるのは、見覚えのあるシルバーレッドのスマホ。

 それに合わせた、さくらんぼのストラップ。

「……………」

「じゃ、帰るつもりか」

 有野さんはにこやかに呟いて、私のスマホをそのままジーパンのポケットに入れた。

 ……あの。

「返して下さい」

「うん。後でね」

 軽~く言われて、キッと有野さんを睨み付けた。
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