WORKER HOLiC
 ……もう、こうなったら意地だわ。

 目を細めて眺めると、有野さんは唇の端を上げて首を振った。

「ここで抱き上げて連れ回されたい訳?」

「嫌です」

「もしくは、羽交い締めにして連れ去るとか?」

「もっと嫌です」

 有野さんは身体ごと振り返り、腕を組むと首を傾けた。

「早くしないと、ここで抱くぞ?」

「……………」

 言われてポカンとした。

 抱くぞ……って、どの抱く?

 いや、やぁ……

 それはれっきとした大人の男性の言葉。

 だけど……

 れっきとした大人の男性の言葉とも思えない!!

「カウント5」

「……え?」

「4」

「ちょっ……ちょっと?」

「3」

「まっ……待ってください?」

「待たない。2」

 どうしろって。

「1」

 あ~! もうっ!!

「解ったわよ! 行けばいいんでしょ!! 行けば!!」

 歩き始めた私に、有野さんはニヤッと笑った。








 そんな感じで連れて来られたのは、一軒の居酒屋。

 焼鳥の焼ける匂いと、魚が少し焦げる香ばしい匂い、それからお酒の匂いがした。

 御座敷に通されて、キョロキョロする。

「……思いきり居酒屋ですね」

「悪いな。俺はこういう所の方が落ち着くんだ」

 ……親父趣味と言うわけね。

 そこにおじさん店員さんがやってきて、おしぼりを渡してくれると、にこやかに私と有野さんを見た。

「忠士ちゃん。かわいいお嬢さん連れて、隅に置けないね~」

 ……忠士ちゃん。

 ポカンとしていると、当の忠士ちゃんはニヤッと笑っただけであっちへ行けと手を振っている。

「注文くらいしろよ~」

「あ~……じゃ、俺はいつもので。加倉井さんは?」

 ……は?

 ああ、はい。

 注文ね注文。

 と、御品書きを見て、眉をしかめる。

 酒・オレンジジュース・コーラ……

 ……なんて簡単な御品書きなんでしょ。

「……オレンジジュースで」

「何か食う? さっきはあまり食べてなかったでしょう」

 それは、貴方が隣に居座ったせいです。

 無言で御品書きを戻すと有野さんは唇の端を上げたまま、おじさんに何か合図していた。
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