WORKER HOLiC

「お疲れ様」

　低い声にぎょっとして振り返る。

　にこやかな有野さんがいて、一瞬身構えた。

　……一人の時に声をかけられるのは、久しぶりの様な気がする。

「今日、暇？」

「何故ですか」

「少し話がしたいんだけど」

　私はしたくない。

　表情から読み取ったのか、有野さんは苦笑して首を傾げた。

「じゃ、ここで話そうか？」

　……ここで話せる話ですか？

　瞬きをすると、有野さんはニヤリと笑った。

　何か嫌な予感がする……

「あの。ちょっと急いで……」

「それで、妊娠してた？」

「………っ!!」

　そ、それは……っ!!

　こんな会社の真ん前で聞く事柄!?

「そん…っ、あた、ニン……有野さ」

「まずは深呼吸から始めようか？」

　にこやかな有野さんに冷たい一瞥を投げかけて、くるりと背を向けた。

　信じられない!!

　何を考えてるのこの人……っ!!

「ちょっと……加倉井さん。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」

　たった数歩で有野さんは追い付いて来て、私の隣を歩く。

「普通に誘っても、来ないでしょう君」

　だからって、あんな誘いに乗るわけがないでしょうよ。

　そもそもアレが〝誘い〟と呼ぶなら、世の中の人はどうかしてる。

　私がおかしいのか有野さんがおかしいのか、比べてみたらきっと私は正常だわ。

「もう結構経つし……最低限は判っているんでしょう？」

　……解らないはずがないわ。

　しばらく歩き続け、会社から遠く離れた所で立ち止まった。

「してませんでしたよ」

　アッサリ言うと、有野さんは難しい顔をした。

「本当に？」

　妊娠検査薬の結果は陰性。

　念のために一応産婦人科にも行ったけど、時期が早いとか言われて帰された。

　でも、ちゃんとその後で生理も来た。

「疑うんですか」

「うん。君は平気な顔で嘘をつくから」

　アッサリと返されてドキリと心臓がなった。

　それは、確かに私は真っ正直に生きてるって訳じゃないわ。

　でも、誰だって本音と建前ってものがあるでしょう？