恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
毎朝エレベーターで乗り合わせるけれど、私がいる法律事務所は3階で、彼が下りるのは5階。一緒にいるのはほんの一瞬のこと。
大きな体をいつも申し訳なさそうに端っこに寄せて、乗り合わせる人がたくさんになってしまったときは、無理に乗り込んだり次のエレベーターを待ったりしないで、颯爽と階段を上って行ってしまう。
見た人に「なんかあの人いいな」と思わせる雰囲気の人で、見掛けるたびにひそかに「どんな人なんだろう?」と思って勝手に想像するのが実はちょっとたのしかった。
そんな彼が、すこし緊張した面持ちで私の前に立っている。
「…………あの、朝、エレベーターでご一緒する方ですよね?」
私がそう話し掛けた途端、彼の顔色がぱあっと明るくなった。
「そう……そうなんです!俺も朝、駅とか駅からの道でお見かけしてます。覚えててもらえてうれしいです」
言葉通り、本当にうれしそうに彼は微笑む。裏表のない素直な反応は心にきらきらしたものを抱えた純真な子供みたいで、間近で見る彼の表情に自然と惹きつけられる。
「今日は休日出勤だから油断してこんな私服着て、笹担いで、すごいアヤシイ奴になってますけど、いつもはスーツにネクタイの普通のサラリーマンです」
「ええ。いつも半袖がお似合いですよね」
ちゃんと覚えていますということを暗に伝えるためそんな言葉を使うと、彼は言葉を詰まらせたように黙ってしまう。それから照れたようにちいさな声で「どうも」と言って視線を足元に落とした。
「越川さん、お名前窺うのははじめてでしたよね?」
私がそう話を振ると、彼はあっと息を飲み笹を片手に抱きながら軽く会釈してくる。
「そうでした。きちんと名乗りもせずにいきなり話し掛けてすみません」
彼はもう一度「越川彰人です」と名乗ると、お尻のポケットを探りだす。けれどしばらくすると、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「今名刺をお渡ししようと思ったんですが………すみません、うっかりしててオフィスに忘れたみたいで……」
大きな体をすこし丸めて嘆く姿に、私は忍び笑いをしつつ自分の名刺を取り出した。