恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
3.願いをかなえに
(3)願いをかなえに
「藤村さんっ」
改札口を通過したあたりで、すぐに背後から声を掛けられた。
「おはようございます」
挨拶をしながらすこし駆け足で近付いてくる彼に「おはようございます」と返すと、彼は胸ポケットからちらりとIDカードを覗かせながら言った。
「越川です。5階のエムズコーポレーションの」
「……もうちゃんと覚えていますよ」
毎朝毎朝の同じやり取りに私が苦笑すると、彼もほっとしたように笑い返してくれる。
この一週間、改札を出るとすぐに後ろから越川さんが追ってきて声を掛けてくれて、通勤先まで一緒に会話しながら歩くようになっていた。
その中で彼について知ったことがいろいろある。
年齢が私より2歳年上であること。今の会社は経営者である叔父に誘われて転職してきたこと、以前はSEをしていたこと、二の腕に筋肉がついているのは子供の頃から続けた野球の恩恵だろうということ。
毎朝運動がてら自宅から最寄り駅より二つ先にある駅まで歩いているから、いつも動き易い半袖で通勤していること。甘いものに目がなくて、野球観戦と同じくらい美味しいスイーツ店の開拓が好きで趣味にしているということ。
越川さんと話すたびに私の中にあった彼の「雰囲気のよさそうなひと」のイメージが、「雰囲気のいいひと」という確固としたデータとして脳内にインプットされていく。
(越川さんの中では私の印象はどうなったのかな。変わらないままなのか、それとも…………)
「そういえば藤村さん、もう短冊、書きました?」
私の物思いがその一言に遮られる。