恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
4.フロランタンとお誘い
(4)フロランタンとお誘い
その日外回りから戻ってきた私は、鞄の中にこっそりと忍ばせたものを思って顔をにやけさせていた。
今日は訴状を出したりレターケースの書類を回収したりと裁判所のお使いを頼まれていて、ついでに銀行に行ってオフィスの今月分の賃料の振込みをしたり、先生方に頼まれていた備品の買い出しも済ませた帰りだった。
その用事の合間にこじんまりとして可愛らしい店構えのフランス菓子店を見付けて、そこで事務所のみんなでつまめるカラフルなカリソンを買い、それとは別に日持ちする焼き菓子をいくつか買ってきた。越川さんが以前好物だといっていたフロランタンだ。
キャラメルコーティングされたナッツがクッキー生地の上にたっぷりと乗った焼き菓子で、香ばしい風味とナッツの歯応え、それに腹もち抜群なところも最高なんだと言って、越川さんは「やばい。話していたら無性にうまいフロランタンが食べたくなってきた」とぼやいていた。
しあわせそうな顔をして甘い物の話をする越川さんを見ていると、いつもつられて私までスイーツが食べたくなってしまって、仕事帰りに越川さんがその日話題に出したチョコやマドレーヌやロールケーキをコンビニで買って帰ることがよくあった。
今日買ってきたフロランタンは4つあって、2つは越川さんに渡す分で残りの2つは自分で食べる分に買ったものだ。
(これ渡したら、越川さん子供みたいな顔して喜ぶんだろうな)
帰りに会うことはないから、明日の朝に会ったとき短冊のお礼とでも言って何気なく渡してしまおうと画策する。そのときの様子を想像するだけで、自然と私の顔も綻んでしまう。
そんな緩んだ表情のまま事務所に戻ろうとすると、エレベーターを下りてすぐ真横にある階段で思わぬ人が立っていることに気付いた。
「…………中原先生」
喫煙所から戻ってきてそのままここで少しサボっていたのか、中原健吾は壁に背を預けてつまらなそうな顔をして手元のスマホをいじっていた。私に気付くとますます不機嫌そうに眉を顰める。