恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
(………こんなことで涙ぐんだりしちゃいけない。いいオトナなんだから)
一度は好きだった人からの心無い言葉だとして、もう別れた人なんだから。さっさと私の元から去って行ったくせに後ろ足で砂まで引っ掛けてくるような人の言葉になんて、心を揺らされたりしないでいい。
そう思って拳をぎゅっと握り締めようと思うのに、指先が震えて力が入らない。
こんなこと、べつに初めてのことじゃないのに。付き合っていた頃から急に不機嫌になった健吾に攻撃的なことを言われたり難癖を付けられることはよくあった。健吾は自分の言葉に自分で苛立ちを深めてしまうようなところがあったから、そんなときいつも私は嵐が過ぎ去るまでただ待つしかなかった。
私が彼の吐く嫌味や毒を上手くやりすごしてさえいれば、良好な関係のままでいられると思っていた。だけどそんなのはただの私の独り善がりでしかなかったと別れを告げられた時に知った。
『いつもいつも俺の言うことに何も反論しないでいるから、いつもおまえに馬鹿にされてるような気分になった』
彼は当たり障りのない態度を取る私のことが心底不愉快だったと、そのとき言っていた。
(もう別れたのに………別れた後にまで、まだ私のことが気に入らないって怒るの……?)
健吾に腹を立てているのか失望しているのか悲しいのかわからないけど、たぶん虫の居所が悪くて誰かに当たりたかっただけの健吾の言葉に、簡単に傷ついてしまっている脆い自分にショックを受けていた。
涙がこぼれそうな苦い感情をやり過ごすためにしばらく階段のところで立っていると、不意に上階から降りてくる軽快な足音が聞こえてくる。
「あれ、藤村さん?」
見上げると、そこには越川さんがいた。偶然会えたことを喜ぶように、越川さんはにこにこ笑いながら階段を下りてくる。