恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
「外回りでも行っていたんですか?暑い中おつかれさまです。俺はこれからじゃんけんで負けて、コンビニまで人数分のコーヒー買いに行かされるとこなんですよ。いい加減オフィスにコーヒーメーカーくらい買えって話ですよね。……じゃあ行ってきます」
そう言って越川さんは今日も明るい顔で会釈して通り過ぎていこうとする。でも間近で私を見た途端、何かに気付いたように足を止めた。私は顔を見られないように、越川さんの視線から逃れるように深く俯く。
「藤村さん?」
越川さんは私の正面に立って呼び掛けてくる。その私を気遣おうとするような、心配するような声に涙腺が刺激され不覚にも涙がこぼれそうになる。もう一度拳をぎゅっと握りしめて。ふぅっと息を吐いて。私は笑顔の準備をすると顔を跳ね上げた。
「お疲れ様です、越川さん」
「お………お疲れ様です……」
越川さんは私の顔を見てひどく物言いたげな表情になる。けれど何も私に問いただしたりせずに、気遣いに満ちた眼差しを向けてくれる。
「……そうだ、これどうぞ」
私は素早くバッグの中からちいさな包みを取り出す。
「今さっき、事務所のお茶菓子買ったときに見付けたんです。越川さんのお口に合うといいんですけど。越川さんの分しかないんで、オフィスのみなさんには内緒でこっそり持って帰ってください」
すこし早口にそういってフロランタンを越川さんの手の中に押し付けると、「それじゃ」と言ってその場を去ろうとする。と、越川さんはびっくりするくらいはっきりとした語勢で「待ってくださいッ」と言ってくる。
「あ、ごめんなさい、大きな声出して。……あの………これ、ほんとうに俺に……?」
私は頷く。
「……越川さん、フロランタンがお好きだと言っていたから」
その途端、越川さんの顔がわかりやすいくらいに緩み、真っ赤に染まっていく。
「マジ、ですか。それでわざわざ………?………うわ、すっげー、うれしいです……」
大好物のお菓子を食べるときの幸福を思い返したのか、とろけそうな笑顔になった後、彼は何かに気付いたようにハッと表情を引き締めて私に向き直ってきた。
「うれしいです。ほんとにうれしいんですけど………じゃなくて!」
越川さんは私の顔色を見て私の心が沈みかかっていたのを察したのか、急に意を決したように言い出した。