恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
運ばれてきたデザートをきれいに取り分けていた越川さんの手が止まる。デザートをみてきらきらしていた彼の目が一瞬にして曇っていく。
「辞めるって………退職、されるんですか?」
「………辞表はまだ出していないけれど、所長にはもう相談済みで。……私の代わりの事務員も、所長の知り合いの娘さんを雇うことになりそうだから、たぶん来月から引き継ぎして月末には去ることになるんじゃないかと」
フォークで真っ二つになったハート型のフォンダンショコラを見つめたまま、越川さんは固い表情で尋ねてきた。
「退職の理由、聞いてもいいですか。……もしかして、寿退社とか……?」
「…………だったらよかったんですけどね」
私が自虐的に笑ってみせると、越川さんはすこしほっとしたような表情になる。
「残念ながらそういう予定はありません。越川さんは?」
「……恋人がいるかって話ですか?そんなの見てのとおりですよ」
越川さんも自虐的に笑いながら、まだ誰の予約も確約も入っていない左手の薬指を見せてくる。それからさっきから何度もメッセージの着信を伝えて震えるスマホをちらりと見て、嫌そうに顔を顰めた。
「さっきからうるさいこれも、みんな野郎からのラインです。見ます?ほんと、ウンザリするくらい男、男、男。俺のスマホ、人さまに勝手に覗かれても痛くも痒くもないくらい、甘酸っぱいやり取りなんてひとつも履歴に残ってませんよ、不甲斐ないことに」
おどけてそういった後、表情を改めて声をいくらか固く真剣なものにさせて越川さんは聞いてきた。
「で、退職ってどうしてなんですか」