恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~

『寂しくなるけど、千草ちゃん、立ち直れたみたいでよかったわぁ』


千草の転職先が決まった後、健吾にそうチクリと刺してきたのは、父の伊佐木と同世代で健吾の大先輩である悦子先生だ。

やり手の弁護士として活躍する一方シングルマザーとして苦労を負ってきた悦子先生は、実の父親である伊佐木より健吾に手厳しい。可愛がっていた千草が健吾の毒牙に掛けられ弄ばれた末に捨てられたと思い込んでいるようで、喫煙所で二人きりになったときには『遊ぶならもっと相手を選びなさい』ときつい叱責を受けた。

健吾の前では口を慎んでいた他の所員たちもだいたい同じような意見らしく、千草が退職することになったことにも同情的で、わりと急な話だったにも関わらず千草を批難する声はいまだに出ていなかった。

それどころか健吾が一服してから事務所に戻ってくると、健吾に気付かない所員たちは『次こそ幸せ掴めるといいねえ』などと千草を励ましていた。勿論みんな、千草が『次』を掴みかけていることを知っての言葉だ。健吾と別れてまだひと月ほどだけど、千草にはもう既に新しい恋人がいるのだ。

しかも千草の次の職場がある清澄白河に、どうやらその男の住まいもあるらしい。別に興味もなかったけれど、お喋り好きな悦子先生が大きな声で「内緒よ」といって所員に触れ回っていたから健吾の耳にも入ってしまっていた。


『いいねぇ。これで千草ちゃん、仕事帰りにいつでも彼の家に寄れるじゃん』
『いっそもう同棲しちゃえば?千草ちゃん通勤楽になるし、彼だってその方が喜ぶでしょ』
『千草ちゃんに夢中みたいだしねぇ。優しげで家庭的っぽい男だし、いいんじゃない?』


恥ずかしがる千草に構わず、所員たちは祝福モード全開で千草のことをからかい続けていた。健吾はここ最近の事務所の妙に浮かれたこの空気が面白くない。


(どいつもこいつも………俺だけが悪人なのかよ)


それに健吾にはもうひとつ面白くないことがあった。


『いい恋してるんだろねぇ。千草ちゃんて、最近なんかきれいになりましたよね』


最近所員たちが口々に『表情が明るくなった』だの、『女らしくなった』だの、急に千草の容姿を褒めるようになったのだ。

千草は相変わらず隣を歩かせるのも恥ずかしいくらいダサいパンツスーツなんて着ているし、地味な化粧の仕方もたいして変わっていないのに、幸せオーラというものが出ていてほほえましいと所員たちは揶揄していた。


もとより健吾は所員たちにあまり気に入られていない自覚はあったけれど、彼らはどうも千草を振って傷つけた健吾に『女は付き合う男次第で容姿が変わる』と遠まわしな嫌味を言いたいらしい。それだけ千草の今の恋が充実しているのだと。

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