恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
『おまえ俺好きだよな』
千草が自分を意識していると十分に確信を持ったある日。
残業でふたりきりになったタイミングでそんな言葉をふっかけてやった。そこそこ経験を積んだ女なら笑って受け流すなり意味ありげに微笑み返して来たり、あしらい方や駆け引きの仕方ならいくらでもあったはずだ。
なのに千草はびっくりしたように目を見開いて。それから気の毒になるくらい恥ずかしそうに顔を伏せて黙りこんだ。思えばその瞬間だったかもしれない。千草をちゃんと「女」として意識したのは。
『なんだ、マジなのかよ』
すこし小ばかにするように言ってやると、千草は顔を紅潮させてますます申し訳なさそうに顔を俯かせた。そのときの千草の態度に酔ってしまいそうなくらい心地よくなって、心が優越感で満たされていくのを感じた。
目の前にいる女の心が、自分の言葉ひとつ、態度ひとつに左右されるのだと思えばたまらなく愉快な気分になった。恋愛経験は今までにも十分あったけれど、ここまではっきりと主導権が自分の手の中にあると確信して女と付き合いはじめたのは初めてのことだった。
千草は今まで引っ掛けてきた女たちと違って、地味で控えめで退屈を感じるくらい男に従順なタイプだった。
初めは「三歩下がって男の後をついていく」なんていつの時代の女だよと心の中で失笑していたけれど、仕事では素直に尊敬のまなざしを向けてくれて、プライベートでもごく自然に自分を立ててくれる千草といると、自分がとんでもなく有能で価値のある完璧な男であるかのように思えた。
自分が王様であるかのように思わせてくれる、、尽くすタイプの女はただただ新鮮だった。
『付き合うか』と話を振ってやったときは本気とは到底言い難く、ただ千草をからかうつもりくらいの気持ちでいたのに、いつもいつも自分のことはさておき恋人の健吾のことをいちばんの優先事項として考える千草といることに心地よさを覚えて、千草の頭の中を自分のことで満たしてやることに健吾は夢中になっていった。
一生懸命恋人の機嫌を取り、いつもうるさいことを言わない千草は可愛かった。
でもあるときから急にそんな千草の態度がもの足りなくなった。